これは本当の愛…それとも恋?永遠に続く愛か確かめる9つの鍵とは

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あなたが生涯一緒にいたい思う人に巡り合えているならそれほど素敵な奇跡はありません。でもこれって恋?それとも真実の愛?自分の気持ち、気になりますよね。本当の愛は一生冷めない不変的なもの。ではあなたが相手に抱く愛は永遠に続く真の愛でしょうか?今回は相手への気持ちを確かめる9つのポイントをまとめました。

盲目的な愛と真実の愛の違いとは?

愛する人が微笑んでくれるだけで心が嬉しくなる、愛する人が横にいてくれるだけでいつも見ている同じ景色が明るく見える気がする。愛する人ができるというのはこの上ない幸せです。人は生まれたときから愛を求め、愛がなければ生きていくことはできません。生涯一緒に連れ添える、素敵な人に巡り合えた人は幸せな人です。

でもその愛って本当の愛ですか?

結婚する前は特に自分の持つ「愛」に慎重になるかもしれません。なぜなら愛は時に人を盲目にさせ、心を惑わせ欠点を見えにくくするからです。では恋と愛との違いってなんでしょうか?

恋とは「見えるもの」を信じる盲目的なもの

恋は目で見えるものや感覚を土台とするものです。相手の表面的な外見や特質によってドキドキし、心が震えるような感じがします。また「フィーリングが合う」と表現する人がいるように、何となく感じる雰囲気によって好きになる場合もあります。

でもこれには注意が必要です。目は都合のいいものだけを見、見たくないものから背ける傾向があります。また相手が表面に出しているものがすべてとも限りません。外見はいくらでも魅力的にできるものです。外見が素敵だからこそ内面も素敵とは限りません。

雰囲気という不安定なものだけを信じるのも危険です。土台がしっかりしていない建物は、台風や地震と言った災害で簡単に崩れてしまうように、相手を愛する理由と根拠がはっきりしていなければ、二人に問題が直面した際、簡単に動揺し関係が壊れてしまうかもしれません。

恋とは自己中心的な愛?

恋が始まるきっかけは何でしょうか?たとえば落ち込んでいたときに優しくしてくれたから?それとも高価なプレゼントをくれたからでしょうか?これらは相手から何かをもらった、もしくはしてもらった後に好きになる愛です。「受け取ったお返し」に「愛するようになる」という順番ですね。

人によっては愛する人に尽くしたのに振り向いてくれないから嫌いになることもあります。これは自分が相手に見返りを求める愛です。「私はこれだけあなたを愛した」のだから「あなたもこれくらいするのが当然だ」と考えます。

どちらの場合も自分の利得が少なからず関係しています。よくしてもらったから私も同じだけ返したい、もしくはこれだけ良くしてあげたのだから同じだけの愛を相手から欲しいという感じです。人間なら誰しもこのような欲求はあるものですので、これが正しくないというわけではありません。

しかしこれが「本当の愛」かと言われればこれは真実の愛ではありません。本当の愛は無私の愛だからです。

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真実の愛か確かめる9つの鍵

無私の愛を表している最大のモデルは「お母さん」です。どんなに大変な状況でも自分を犠牲にしてまでも子供を守ります。子供に見返りを期待せず、最善のものを与えます。無私の愛は見返りがあるから嬉しいのではなく、愛すること自体に喜びを感じます。

このような愛を男女間、夫婦間でも培うことができるのでしょうか。もちろんできます。では自分の相手に対するこの気持ちが本当の愛かどうかどうすれば確認できますか?

ここからは本当の愛かを確かめる9個のカギを一つ一つ紐解いていきましょう。今愛する人がいて、その人と生涯肩を寄せ合って生きていきたいと考えている場合は必見です。

相手の短所も知ったうえで愛せれる

本当の愛は相手も不完全であることを認めます。自分の理想を相手に押し付け、それに達成しない場合は見下したり嫌いになったりはしません。相手の短所に目を向けないという意味ではありません。相手の悪いところ、欠点を知ったうえでまるごと愛します。

根に持たず何度も許せれる

本当の愛があれば、相手の間違いを許すことができます。許す回数に限度は設けません。表面的に許すのではなく、相手の失敗をキレイに忘れるくらい許すのです。本当の愛は、相手が失敗を犯す前と犯した後との愛情の程度は変わりません。

人によってはその時許せたとしても、次回別の問題が起きて口論になった際以前の失敗を掘り出してきてネチネチいうかもしれません。それは「許した」とは言わないでしょう。「目をつぶっただけ」で、心の中ではいつまでもくすぶっていたことになります。本当の愛は根に持ちません。

「ごめんね」が自分から言える

本当の愛は人を謙虚にします。プライドが邪魔して相手に謝れないということはありません。自分の面子より相手との関係を重視します。だんまり作戦をして相手に気まずい思いをさせたり、相手に自分の気持ちを理解してもらうよう要求をするなら二人のぎくしゃくした関係を長引かせるだけです。

「なんであの人私の気持ちがわかってくれないの?」と思うこともありますが、夫婦や恋人同士といえど別々の環境で育った別々の人間です。相手に自分の気持ちをしっかり伝えないと相手は理解することができません。コミュニケーションの時間を取り、穏やかな態度で謝り、自分の素直な気持ちを伝えましょう。相手を理解することが愛情というブロックを積み重ねるには不可欠です。

相手の成功を心から願い、一緒に喜べる

感情移入は難しいですが、相手との関係をより強いものにします。実は相手に感情移入できるかどうかが本当の愛かどうかを確かめる一つのバロメーターになります。

あなたにとって相手の不幸を一緒に泣くことと、相手の成功を一緒に喜ぶのとどちらが簡単ですか?多くの人は相手の不幸を一緒に泣くことの方が容易だといいます。なぜでしょうか。自分のプライドや嫉妬が少なからず相手の成功を共に喜ぶのを邪魔するからです。口では「よかったね」と言いつつ、100%喜べてないかもしれません。

この点本当の愛は相手の成功や喜びをねたみません。相手が嬉しいときには一緒に喜べる関係です。仮に相手の成功が自分の不利につながる場合でも自分のことのように喜べます。

相手のすべてを100%信じられる

本当の愛をもって相手を愛していれば、相手の言動を疑うことなく相手を信じます。一度裏切られた経験があれば、再度相手を信頼するのは難しくなるかもしれません。しかしそのような苦々しい気持ちを持ち続けることはあなた自身を幸せにはしません。許し相手を信じるには努力が要りますが、それを怠らないなら数年後「あきらめなくてよかった」と思える日が必ず来るはずです。

また相手から信じてもらうための努力も怠らないようにしましょう。相手がさびしい思いをしたり、愛されていないのではと少しでも心配することがないように、口や態度で愛を示す優しい言葉をかけます。住んでいる国や文化、育った環境によってそうするのが気恥ずかしく思えたり、キザに思えることもありますが、惜しみなく相手に愛情を表現することで相手からの信頼を勝ち得ることができます。

相手を試したり駆け引きしない

「あの人私のこと本当に好きなのかしら?」不安になるのも無理はありませんが、その気持ちを確かめるためにあえて別の男性といちゃいちゃしてみたり、挑発的なことをいって怒らせてみると相手はどう感じるでしょうか?信頼されていないとがっかりするでしょう。

相手を愛し信じているなら、相手の心を試してやきもちを焼かせたり駆け引きの対象にはしません。愛が真実なものであれば、恋愛をゲームのようには考えず、相手の気持ちを一番に考えるでしょう。愛情を天秤にかけたり、相手の気持ちをもてあそんだりはしません。

相手の愛がわかりにくいと感じる場合は素直にその気持ちを伝えると良いかもしれません。愛の形はそれぞれですので、愛情表現をしても相手には上手に伝わらない場合があります。相手はあなたに愛情を示しているのかもしれませんが、それはあなたにとってわかりにくい方法なのかもしれません。

もしお互い愛されていないように感じ寂しいなら、2人でお互いを安心させる愛情表現を探っていく必要があります。

相手からの見返りを期待しない

相手がお返しをしてくれてもしてくれなくても変わらない愛情を示すことができるのが本当の愛です。相手のために自分の時間やエネルギー、感情を喜んで与えます。本当の愛は受動的な愛ではなく、自主的に自分が出来る事を相手にしてあげる能動的な、積極的なものです。

受動的な愛は始めこそ自分のすべてをささげて相手のために尽くせても、見返りが来ないとなると気持ちが冷めてくるかもしれません。しかし自己犠牲的な無性の愛は、相手を愛するゆえに相手の望むことをしてあげたくなります。

相手の不幸を一緒に耐えられる

結婚生活は必ずしも順調なことばかりではありません。結婚の誓いの言葉で「病めるときも健やかなる時もあなたを愛する」というように、相手が病気になるかもしれませんし、仕事がうまくいかず経済難に陥るかもしれません。相手に介護が必要になることもあるでしょう。

順風満帆なときは容易に相手を愛せるものですが、問題が起こった時に愛は試されます。相手に真の愛を抱いていれば、相手の負った不幸や問題を一緒に忍耐し、助け支えようと努めます。

本当の愛はどんな不利な状況でも冷めない

恋愛中、新婚の間だけはアツアツだけどあとは冷めていく一方という愛情は本当の愛ではありません。真実の愛は恒久的なもので不変的なものです。愛情はお互い努力しなければ簡単に冷めてしまいます。お互いが何もしなくてもアツアツでい続けられるような単純なものではありません。しかし一方でお互いが相手への気遣いと敬意を持ち続けるなら、生涯にわたって愛を育てることもできます。

愛はまるで植物のようです。二人が水を注ぎ世話することを忘れたら簡単に枯れてしまいますが、世話を怠らなければ、成長は止まることはありません。

本当の愛は2人が培えば、生涯育ち続ける

真実の愛を示したいと思える人に出会えるのはまるで奇跡です!そのような無私の愛を示せれる相手には簡単に巡り合えるわけではありません。では巡り合えたのであれば、その奇跡に感謝し、巡り合えた相手を生涯大事にしたいと思うはずです。

真実の愛は一人が培い表せばうまくいくものではありません。確かに見返りを期待しない無私の愛こそ本当の愛ですが、片方だけがこの愛を示し続け、相手が何も努力しないなら、愛を表している側はいつか疲れてしまうでしょう。

でも二人がともに協力しながら愛をはぐくんでいくなら、死が二人を別つまで、もしかすればその後も愛は大きく成長し続けるはずです。

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